%Arabica 上海 建国西路

都市との間に「厚み」のある曖昧な境界面をもつ、小さな公園のようなカフェ

青山 周平B.L.U.E.建築設計事務所

%Arabica 上海 建国西路

応募作品を空間デザイン的視点で語りつくしてください

1.
上海市の旧フランス租界に位置する建国西路に面した小さなカフェ。
建国西路は、全長2498m、幅10mの美しいプラタナス並木と豊かな歴史を持つ。沿道の歴史的建築物と、街の適度なスケール感がつくりだす心地よい歩行体験が、建国西路を上海でも最も情緒あるエリアの一つとしている。

2.
構築物としての建築と、そこでの人々の暮らしが、都市を形成する。
絶えず変化する現代都市において、心地よいスケールの魅力的な街路空間は、人々に豊かで多様な都市体験をもたらす重要な要素である。

建築と都市の理想的な境界面のあり方とは、室内/室外、パブリック/プライベートの境界が曖昧で、厚みをもっている状態ではないだろうか。そして、この曖昧で厚みのある境界面こそが、人々の暮らしと都市空間を繋ぎ、人と都市が相互関係を結ぶ鍵となる。

今回、この場所にふさわしい街路との境界面のあり方を探ることが、デザインの出発点となった。単なる商業空間ではなく、街を散策する人々が気軽に足を止め、腰を下ろし、飲み物を片手に語り合う、そんな、小さな公園のような場所をつくることを考えた。
3.
既存の外壁ラインをU字形にセットバックさせ、もともと室内だった部分を室外化した。
そこに、並木道と連続させた室外ベンチをつくり、都市の人の流れを取り込む。
透明な曲面ガラス壁、開け放すことのできる大きな電動ガラス引き戸、
店内から街路樹へ連続する植栽、室内外連続させた床素材といった様々な仕掛けによって、室内と室外の曖昧な境界面をつくりだしている。
また、開け放された室外ベンチエリアの天井には、空調とエアカーテンを設置し、温熱環境をある程度コントロールすることで、夏季と冬季においても気持ちよく使用できる空間となっている。

このような透明で開放的なデザインによって、都市が室内へと入り込むと同時に、室内空間が街に融け出す。物理空間、街路樹や植栽、光と影の変化、コーヒーの匂い、人々の話し声、それらが一体となってこの小さな店舗を形づくっている。

4.
このプロジェクトは、50㎡と非常に小規模なリノベーションではあったが、
建築と都市との理想的な境界面のあり方を模索する実験的な試みとなった。
自らの室内賃貸面積の一部を室外化し、都市の街路空間と連続させる。
このことが、街路の歩行体験を少しだけ豊かにしてくれる。
そして、このような都市への小さな貢献の試みが増えれば増えていくほど、
それらの小さな点がネットワークをつくり、街全体の暮らしをより豊かなものにしてくれるだろう。

Question01

受賞作品の最後のピースは、どこでしたか?

店舗正面の小さな植栽部分が最後のピースだったと思います。小さいながらも室内から室外、そして都市へと連続する空間の決め手になっています。たくさんの異なる大きさ・樹形のオリーブの木から最もふさわしいものを選び、現場で様々な配置を検討した上で植える位置を決定しました。

Question02

空間デザインの仕事の中で、一番好きな事は?

建物が完成した後に、自分が設計した空間にたくさんの人が集まり、そこに都市の新しい風景、人と人、人と都市の新しい関係が生まれていることが実感できた瞬間です。
その中に身を置いて、そっと人々の様子を観察するときに深い幸福感を感じます。

Question03

空間デザインの仕事の中で、一番嫌な事は?

一つは、様々な要因で工事のスケジュールが不適切にタイトになる場合があります。その場合、材料の選択、ディテールの処理、仕上げの質などに影響し、もともとのデザインと似て非なる質の空間になってしまいます。二つ目は、建物が完成した後にうまく運営されない場合です。生き生きとした空間というのは、良いデザインだけでは実現されず、その場所を運営する人、そこに訪れる人など様々な参加者が一体となってはじめて生まれるものだと感じます。

Question04

コロナ禍でのデザインの果たすべき役割とは?

コロナ以降、生活のデジタル化が急速に進みました。ショッピング、会議、授業、料理など、かつては実空間が受け持っていた機能が急速にネット空間で代替されています。建築・都市といった実空間から具体的な機能が失われつつあるように感じます。今後、建築・都市に必要とされるのは、デジタル化することが困難な精神的な体験ではないかと思います。そのような体験を提供できる空間とはどのような空間なのか、それを思考していくことが重要だと思います。

Question05

リアルとバーチャルを融合させる空間デザインとは?

僕個人としては、リアルとバーチャルを融合させるデザインというよりも、バーチャルでできることはバーチャルに任せて、リアルな体験を通してこそ実感できる空間を考えることに興味があります。材料の手触り、空気の状態、匂い、温度の変化など、その時その場所でしか体験できない空間の価値がより重要になっていると思います。

Question06

空間デザインで社会に伝えたいコトは?

便利で効率的、安心で安全、予測可能でコントロール可能、このような価値観が、今の社会では発言権を増し、その他の声は力を失いつつあるように見えます。反面、生き生きとした空間というのは、不便で非効率なこともあるし、時には少し危険なこともあるかもしれません、思ってもみなかったことが起こることもあるでしょう。空間のそのような魅力をデザインを通して伝えることができれば幸せだと思います。

Question07

空間デザインの多様性について一言

なぜ世界中の人々が使う携帯電話はほぼ同じなのに、世界中の人々が暮らす空間は多様なのか考えることがあります。その一つの答えは、空間は道具ではないということではないかと思います。空間は、道具としての機能に留まらず、その土地や風土、人々の記憶や感情、そして絶えず変化する時間に関わるもので、それらが空間の多様性を担保し、空間の魅力になっているのではないでしょうか。

Question08

空間デザイナーを目指す人へのメッセージ

空間には、人を幸せにする力、人を自由にする力、人と人をつなげる力があると思います。
これまでの人生のなかでそのような空間に出会ってきたからこそ、今の僕があると思っています。日々の生活の中で、そのような空間と出会う瞬間を大切にしてください。

PROFILE

青山 周平

青山 周平

B.L.U.E.建築設計事務所

1980年広島県生まれ。
2003年に大阪大学工学部を卒業後、2005年に東京大学大学院修了。
2005年から2012年まで北京にてSAKO建築設計工社勤務。
2015年清華大学建築学院博士課程単位取得退学。
2014年に藤井洋子とB.L.U.E.建築設計事務所を設立。
北京を拠点として、小規模建築を主に、各地の伝統建築物のリノベーション、インテリア、家具、プロダクトなど様々なプロジェクトを手がける。
主な作品に、南鑼鼓巷住宅リノベーション、灯市口L形之家、蘇州有熊文旅公寓、北京有術ホテル、上海Ota Fine Artsギャラリー、Lost and Found家具店、House Vision China 5号館、M WOODS芸術社区、森ノ谷温泉中心、%Arabica上海建国西路店など。
主な受賞に、2016年中国建築学会建築創作賞銀賞、2016年金堂奨年度最優秀住宅公寓賞、2016年中国建築装飾協会「中国室内設計十大新鋭人物」、2017年第一財経「中国最優秀国際創業者」、2017年度北京青年週刊「年度設計士賞」など。