ウォーカブルな水戸まちなかにむけた都市空間活用実験

車から人中心の都市再生に向け、市民の共感を生み出す暫定パブリックスペースのデザイン

中山佳子株式会社日本設計 プロジェクトデザイン群 主管/明星大学 非常勤講師

ウォーカブルな水戸まちなかにむけた都市空間活用実験
撮影:新井達也/GRAPHY Inc.

応募作品を空間デザイン的視点で語りつくしてください

茨城県水戸市の中心市街地(以降、水戸まちなか)は、長らく広域都市圏の核として中心性を維持してきたが、2000年代に入り、急激な歩行者通行量の減少や空き店舗・空き地が増加するなど、深刻な空洞化が待ったなしで進行している。水戸市の「ウォーカブル推進都市」加盟をうけ、水戸市や沿道企業・商店等の官民構成員から成るまちづくり協議会により、車から人中心の都市空間再編にむけた取り組みであるウォーカブル関連事業がエリア再生の望みをかけ実施された。水戸まちなかは、自身の生まれ育った故郷であり、協議会の専門委員として、私的活動としてこの取り組みに携わることになった。
持続可能性の高いウォーカブルな都市空間の実現は、車社会の地方都市で極めて困難な挑戦である。着実な変化の兆しを求め、「当事者組織」の意識変革を待たず、まちづくりに自分ゴトで取り組む「個人的共感者」の獲得を目指した。そのために、地元若手の想いと水戸の地形骨格に根差した固有の未来ビジョン案「MITO LIVING ISLAND-挑戦心を育む、コンパクトな水戸まちなか暮らしを取り戻す-」を提示。ビジョン案に共感する誰もが参画できる、ひらかれたプラットフォーム「水戸まちなかデザイン会議」を約半年間で合計10回開催し、18歳から68歳までの約450人もの人々に参画いただいた。本件は、事業の一貫として2021年10月の3週間、未来ビジョン案の妥当性検証のために実施した都市空間活用実験「水戸まちなかリビング作戦―みんなで作ろう、新しいまちなかの日常。」の会場計画である。
対象地域内に点在する、空地、広場、屋上、貫通通路、道路など、何気ない都市空間に着目し、人のための居場所作りを試みた。敷地は、南町2丁目の大通り・裏通りの約500m区間沿道に点在する、屋内外の立地特性と規模の異なる10の場所。会場計画として、6つの滞在空間と、それらをつなぐ4つの動線空間とした。圧倒的な低予算、短期間、広範囲という極めて厳しい条件の中、場所がもつコンテクストを丁寧に解読し、グラフィック・サインデザインや照明デザイン、インスタレーションといった費用対効果の高い手法を用い、既存のポテンシャルを最小限の操作で最大化するデザインを施した。なかでも、人優先のストリートを目指し、裏通りに施したレモンイエローのストリートサインは、時速25km以上の車両を最大15%減少、急ブレーキの回数を8割ほど減少させることに成功した。
実験における当初の目的―①人中心の居場所作りは需要があるか? ②市民参画型プロセスは適合するか?―これらの問いに対し、①来場者による約93%のウォーカブルまちづくりへの取り組み継続要望、②合計450人のプラットフォーム参加者から、合計10組の自主的空間活用企画が実現、という成果が生まれた。また、住民らに行ったアンケートでは、実験前後で、未来ビジョン案への支持率が約20%向上した。
そして実験終了から1年3カ月が経過した現在までに、約半数の実験会場が利用者の要望を受けてその後も継続した。地元の商店街や水戸市の管理のもと、恒常的なパブリックスペースとして日常に根付いている。さらに、民間ビルを保有するオーナーにより、クラウドファンディングも活用した資金調達を経て、実験会場を活用した企画が2か所で事業化されるに至った。
一連の取り組みを通し、私は空間デザインという行為が有する、とてつもないパワーを改めて感じ入ることとなった。空間デザインは、ある事象がもつ価値観やストーリーを可視化し、背景の異なる様々な人々が共通のゴールの姿を抱くことで共感を生み出す。時間を経るとともに共感が増大し、そこに生きる人たちの日常を、人々が望む方向へ変えていくことが出来る可能性を秘めている。
最後に、一見したアウトプットには表れにくい、本プロジェクトの価値を評価頂き名誉ある賞に選定頂けたことへ審査員と運営事務局の皆様へ感謝の意を表す。この受賞が、取り組みに尽力頂いた全ての「個人的共感者」の更なる原動力となり、地方都市中心市街地の再生策の一助となることを願ってやまない。実験を通し生まれた「個人的共感者」同士の連携が、「当事者組織」の意識改革につながり、より持続的かつ長期的な都市再生の取り組みにつながることを期待する。

一連の取り組みの基幹となった、未来ビジョン案「MITO LIVING ISLAND構想」。オンラインシンポジウムで公開し共感を得て、取り組みへの賛同者が生まれた。 <br />
作成:中山佳子
一連の取り組みの基幹となった、未来ビジョン案「MITO LIVING ISLAND構想」。オンラインシンポジウムで公開し共感を得て、取り組みへの賛同者が生まれた。 
作成:中山佳子
自分ゴトで取り組む有志を募った、まちづくりプラットフォーム「水戸まちなかデザイン会議」。<br />
18歳から68歳まで、約450人もの官民産学の人々が参画し、未来ビジョン案を議論するワークショップ参加や、実験会場の清掃や施工に携わった。 <br />
撮影:新井達也/GRAPHY Inc. 
自分ゴトで取り組む有志を募った、まちづくりプラットフォーム「水戸まちなかデザイン会議」。
18歳から68歳まで、約450人もの官民産学の人々が参画し、未来ビジョン案を議論するワークショップ参加や、実験会場の清掃や施工に携わった。 
撮影:新井達也/GRAPHY Inc. 
実証実験の会場全体図と、会場空間の分類。
実証実験の会場全体図と、会場空間の分類。
実証実験のその後。民間ビルのオーナーにより、実験会場を活用した企画が事業化。<br />
(上段)AT WORK グループ主催による屋上シネマ企画PARADISO@AT WORK BLDG.(ROOFTOP PARK)。レンタルスペースとしても貸し出しを開始。 <br />
(下段)未来技術研究所主催によるGuuZENプロジェクト@水戸読売会館ビル(LIVING GATE)。 <br />
クレジット:(上段)撮影:中山佳子、(下段)撮影:Nao Fujikawa 出典:GuuZEN
実証実験のその後。民間ビルのオーナーにより、実験会場を活用した企画が事業化。
(上段)AT WORK グループ主催による屋上シネマ企画PARADISO@AT WORK BLDG.(ROOFTOP PARK)。レンタルスペースとしても貸し出しを開始。 
(下段)未来技術研究所主催によるGuuZENプロジェクト@水戸読売会館ビル(LIVING GATE)。 
クレジット:(上段)撮影:中山佳子、(下段)撮影:Nao Fujikawa 出典:GuuZEN

Question01

受賞作品の最後のピース(ジグソーパズルを仕上げるに例えて)はどこでしたか?

テーマカラーである、レモンイエローのストリートサインによって、道路・広場といった公共地から、貫通通路・屋上・車庫といった民間地まで、壁・床・階段を横断し、点在する会場を“ひとつながり”にしたこと。人中心の都市空間をつくることとは、所有・管理区分や、土木、建築、インテリアといった業界区分を超え、横断的に考えかたちにすることであるのだと再認識した。

Question02

空間デザインの仕事の中で、一番好きな事は?

立場、性別、国籍、価値観が異なる大勢の人たちが、頭の中に同じ絵姿を描き、同じ方向を向いて共に前を向く瞬間を作ることができること。

Question03

空間デザインの仕事の中で、一番嫌な事は?

空間デザインに限らないが、特に地方都市では未だに物質的なアウトプットへの対価が主流と捉える価値観があり、デザインという専門的行為への対価が浸透していない瞬間が時折感じられること。

Question04

コロナ禍でのデザインの果たすべき役割とは?

屋外都市空間の存在について、多くの生活者が以前より自覚的になったと感じる。とくに道路においては、車が移動するための場であるだけではなく、人間が都市的活動を展開する滞在空間であるという、本来の街路が有するポテンシャルを引き出すようなデザインが増えると良い。

Question05

リアルとバーチャルを融合させる空間デザインとは?

BIM(3次元情報モデル)を活用した空間デザインを推進している。精緻な事前予測検証により、多勢のステークホルダーが関わる大規模プロジェクトにおいて、合意形成円滑化に大きく寄与している。そのうえで、実現した空間を関係者が体験した際、バーチャルでは体感できない、物質のもつ存在感やこだわりを持つディティールが生み出す緊張感をより自覚的に感じることができるため、空間への理解度が深まる感覚を覚えた。

Question06

空間デザインで社会に伝えたいコトは?

毎日の生活習慣や行動、思考にいたるまで、知らず知らずのうちに人々を支配する力が建築空間や都市空間には備わっている。最低限の機能さえ満たせればよい、というものではなく、自分たちがありたい方向に社会を変えていくために、空間デザインを最大限活用してほしい。一方で、そうした責任の重い空間デザインに携わる人間は、多角的な視点を有し中立的な立場をとり、常に研鑽を積まないといけないと考えている。

Question07

空間デザインの多様性について一言

右肩上がりの成長・拡大する時代から、低成長・縮小する時代を生きる我々の世代は、新築の建築やインフラ設計に集約されるような従来的アウトプットのみならず、プロセスデザインやグラフィック、サインデザインなど、多様なアウトプットにより事業課題や社会課題を解決するソリューションを提示するべきだと考えている。

Question08

空間デザイナーを目指す人へのメッセージ

ゼロからイチを生み出し、異なる領域を横断的に考えることが出来ることは、建築家や空間デザイナーが有する稀有で貴重な才能だと感じている。自身もスタートラインに立ったばかりの修行の身である、目の前の課題に真剣に向き合い、ゴールを導く姿勢を保ちながら、デザイナーの職能を活かし社会に接続していきたい。

PROFILE

中山佳子

中山佳子

株式会社日本設計 プロジェクトデザイン群 主管/明星大学 非常勤講師

茨城県水戸市生まれ 。法政大学工学部建築学科ののち、2011 年に横浜国立大学大学院建築都市スクール Y-GSA 修了 。修了時に山本理顕賞(専攻首席).同年より株式会社日本設計入社。
一級建築士。
バスターミナルや庁舎・商業施設・住宅等の建築デザイン、市街地や観光地における都市デザイン、サインや装丁画等のグラフィックのデザインとディレクションを通し、地域課題・事業課題・社会課題解決を目指す。
5 年前より故郷を中心に、地方都市における取組みに公私で従事 。 また、BIMや、ビッグデータをはじめとする、建築・都市領域におけるテクノロジー活用を推進 。

主な受賞に、日本空間デザイン賞 銅賞、北米照明学会 Lumen Award、日本サインデザイン賞 入選、都市計画実務発表会 都市計画コンサルタント協会長賞、UIT推進会議 優秀論文賞、トウキョウ建築コレクション長谷川逸子賞 他多数 . 大学、学術団体、自治体、企業等のゲスト講師、メディア掲載・出演実績多数。