富岡製糸場西置繭所

徹底的に保存し、活用する国宝。

齋賀 英二郎文化財建造物保存技術協会

富岡製糸場西置繭所

応募作品を空間デザイン的視点で語りつくしてください

西置繭所は「富岡製糸場と絹産業遺産群」として2014 年(平成26)に世界遺産リストに記載された富岡製糸場内に建つ。1872 年(明治5)の富岡製糸場操業開始時までに建設された施設のうちの1 棟で、繰糸所、東置繭所とともに国宝に指定されている(2014 年)。建設当初の部材、架構、仕様も残す一方で、115年におよぶ操業中の改造による変化のあとも同時に良く留めている貴重な文化財である。このプロジェクトでは、これまでの文化財保存ではバラバラの検討となりがちであった、保存と活用、加えて耐震対策を相互に連携して進めることで、新しい文化財保存のかたちを試みた。

西置繭所には、日本に取り入れられたばかりで理解の乏しいままに製造し施工された煉瓦や漆喰天井、工場内でのシステムの変更によって壁、床、天井とあらゆるところに加えられた改造の痕跡、そして、仕入れた繭の産地や日付を壁や建具に直接書きこんだメモなど、建設当初から工場として稼働した期間中までを物語るさまざまな物と情報が残されていた。今回の工事においては、今後の維持と使用に支障がない部位については、一見して破損しているような箇所についても、できるだけもとの状態を失わないよう、丹念な調査をベースにして慎重な修理が行われた。

新たな部分のデザインでは、いかに積み重ねられてきた時間的な経過を含めて来館者が歴史的建造物を体感することができるか、いかに来館者の注意をそうした部分に惹きつけることができるか、工夫を凝らした。内部に新たに組立てた耐震補強を兼ねるガラスボックスや、鉄骨に取り付けて既存の壁や天井に向けられた照明は、機能や性能の必要を満たすだけでなく、文化財である建物そのものが鑑賞の対象として意識されることを促すための設えとしての役目を持たせたものである。

大きな鉄骨部材による補強では、本来の倉庫空間の雰囲気を損なってしまうため、既存の柱を挟むように2本が一対となる細い鉄骨フレームで構成して、無骨な印象をおさえた。鉄骨にガラスを取付けて活用のためのスペースを分離することで、空調による既存空間の急激な温湿度変化の緩和、空調された空気が漆喰などの仕上げ面に直接吹き付けることによる過乾燥の防止、漆喰が剥れて日常利用の支障となることの防止を狙っている。さらに天井ガラスは、耐震補強の一部も担う。また、単に新たな利用を可能にするのではなく、ガラス越しに本来の雰囲気を感じながら建物を体験する、これまでにない文化財の活用の提案となっている。

今回のプロジェクトでは、建築設計から展示デザインまでを手がけた。1 階ギャラリーに展示した道具や機械など資料のほとんどは実際に富岡製糸場で利用されていたものである。展示什器の一部には、場内で用いられていた机を転用している。2 階には、工事において取り替えた部材を中心に展示し、一部には写真家の田村尚子が場内を撮影した写真作品によるインスタレーションを設置した。展示では、製糸場の成り立ちや製糸業の背景、工場としての稼働時や経営母体の変化などについての解説を加えながら、かつて富岡製糸場に多くの人々が実際に過ごしていたのだという事実への連想のきっかけとなるような要素を探り、それに目が止まるような場面を作ることに注力した。

保存修理の担当者、富岡市担当者、構造設計者、設備設計者、ミュージアムコンサルタント、照明デザイナーや音響設計者など多くの関係者とともに、保存の方針を共有し、ガラスボックスやエレベーターといった新設部分の設計から展示デザインまで一貫した発想で取り組むことで、建物と展示資料を同時に鑑賞し体感できる、新しい西置繭所の姿を目指した。

工事中。ガラスの施工が終わり、照明をつけると既存の壁と天井が浮かび上がり、ガラスの存在感が軽減される。<br />
関係者一同が、天井を見上げて溜息をついた。
工事中。ガラスの施工が終わり、照明をつけると既存の壁と天井が浮かび上がり、ガラスの存在感が軽減される。
関係者一同が、天井を見上げて溜息をついた。

Question01

受賞作品の最後のピース(ジグソーパズルを仕上げるに例えて)はどこでしたか?

展示什器の一部には、かつて仕事のかたわら勉学に勤しんだ年若い女性従業員たちが使いこんだ机を転用しました。天板に、縦横無尽に走るルレットの跡や落書きが残るくたびれた机が、ガラスの外側と内側の接続を確かにする役割を担ったと思います。

Question02

空間デザインの仕事の中で、一番好きな事は?

ふとした思いつきが、もとのアイデアとつながり、チーム内の会話で展開して、「腑に落ちる」と感じられるように脈絡がついてくるという時間には、充実感や期待感があります。思いつきは、言葉であったり簡単なスケッチがきっかけとなることが多いです。しかし、ささいなことでそれが萎んでいくように感じられてしまうこともあります。

Question03

空間デザインの仕事の中で、一番嫌な事は?

大勢の関係者によって進むプロジェクトは、ここから先に進めば後戻りができないという地点が何回かあるものです。振返ったとき、頭の片隅で、解決しきれていない課題を残したままであるような気分を見逃してしまった、そんな考えが湧き上がってくることがあります。一方で、逡巡しながらも決断したからこそ、プロジェクトを前に進めることができたのかもしれない、とも思えたりするものです。

Question04

コロナ禍でのデザインの果たすべき役割とは?

一見すると悲観的/否定的な事態に直面していたとしても、建築やデザインという営為の根本には、「前を向く」という性質が備わっているのではないでしょうか。

Question05

リアルとバーチャルを融合させる空間デザインとは?

リアルとは、ときに捉え難いものでもあると思います。バーチャルな手段によってこそ焦点を見定められるということがあるのかもしれません。

Question06

空間デザインで社会に伝えたいコトは?

文化財の分野にも、その新たな側面やこれまで気付かれてこなかった部分を照らし出すためのデザインという役割があると思います。

Question07

空間デザインの多様性について一言

似通ったものの中にも、少しの違いやわずかに違和感を覚えるポイントがあるものです。大きな差異(または類似)だけでなく、小さな差異(または類似)にも着目することが、多様性を支えているのではないかと考えます。

Question08

空間デザイナーを目指す人へのメッセージ

デザインにおいては、つくり出すのと同じくらい思い出すという行為の比重が大きいのではないかと感じます。

PROFILE

齋賀 英二郎

齋賀 英二郎

文化財建造物保存技術協会

公益財団法人文化財建造物保存技術協会技術主任。
1983 年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了(石山修武研究室)。
文化財建造物の活用設計、保存活用計画の作成に携わる。旧富岡製糸場西置繭所整備活用工事設計監理ほか。