おそいおそいおそい詩

街をつくることが詩である。詩をつくることが街である。

髙橋 匡太株式会社髙橋匡太

おそいおそいおそい詩

応募作品を空間デザイン的視点で語りつくしてください

「おそいおそいおそい詩」は、美術家・髙橋匡太と詩のユニット・オブラートによる「街に詩を刻む」アート作品シリーズです。今回応募した海老名のプロジェクトのほか、「TOKYO ART FLOW 00’」(二子玉川/東京、2016年)、「道後オンセナート2022」(松山/愛媛、2022年)でも展開を行っています。

本シリーズを、10年計画で進められている海老名駅周辺のまちづくりの一環にあるアートイベントで実施したものが今回の受賞作品です。イベントの主催はまちづくりを主導する小田急電鉄です。新しくできていく場所を「街の広場」として活用すべく、アートを取り入れる方針づけをされています。アート計画は、アートフロントギャラリーが船頭となり進めています。10年の間に、ワークショップを行い、アートイベントを行い、街に設置されるアート作品が出来上がっていくというプロセスがプログラムされています。
このような背景のもと、「アートを街に根付かせる試み」としてアートイベントがあります。「通勤・通学の日常の隙間に、アートを見て、アートに気づき、アートを受け入れていく」という体験を街の人々に浸透させることがイベント実施に求められる理想像としてあったと思います。この理想に対して、インストールしたのが「おそいおそいおそい詩」です。

開発初期の2016年にも、同じエリアでインスタレーションを実施しましたが、会場は敷地があるのみでした。新しく街が出来上がることを想像しながら、空地にクローバーを砂絵で描いたことが幻のように感じます。
それから6年経った2021年、空地で何もなかった敷地には、商業施設が建設され、新しい賑わいの場ができています。その隣ではオフィス棟の建設作業が進行中で、新しい街の輪郭が見えながらも工事が継続している場所と変化しています。
6年間の街の変化を見ていると、空間も人の流れも過ごし方も大きく変わることを感じます。訪れるたびに大きな変化を見せる開発のパワーを体感しながら、「街に飲みこまれないスケール感」が作品に必要だと実感をしました。

また、本作品は2020年の秋に実施予定として、コロナ禍で外出自粛が求められる中で計画したものです。抑制的・内省的にならざるを得ない気分の中、外出時に眺められる風景の中に「ささやかな明日への楽しみ」が持てるような優しさを、作品を通じて届けたいという気持ちがありました。明日がくることがちょっと楽しみ、と思えることが生活の糧になるといいなと思ってのことです。

「街に飲み込まれないスケール」と「ささやかな明日への楽しみ」が両立できるものとして「おそいおそいおそい詩」を提示しました。
敷地は工事現場に隣接する空地です。工事現場にちなんで描画素材をカラーコーンとしました。審査員のお察しのとおり対費用効果は抜群です!夜は光の作品にもなります。カラーコーンは550本。コーンを用いて毎日巨大な一文字を描きます。1日に描く文字は1文字。2週間分の文字をつなげると、14文字からなる一編の詩が完成します。
文字作りの手順は、広場に引いたグリッドの上にコーンを並べ、きちんと揃えるのみ。その日の文字にあわせて、コーンを動かします。昼ごろから始める作業は夕方には終わり、西の空に沈んでいく太陽を背景に作品を眺め、写真家の撮影を見守るということが日課になりました。幸いなことに期間中は雨が降らず、爽やかな毎日でした。


本作は、5人の詩人が一文字ずつをリレーして制作しました。一人の詩人は、1日に1文字しか置くことができません。1日1文字、3日で3文字。2週間かけてようやく14文字の詩になります。街の人たちが詩を読むスピードにあわせて、詩も作られているのです。
誰かひとりの意図からなるものでなく、それぞれの詩人が意味からつかず離れず、壊れないようにまとめられた詩。互いの営為によって結果として成り立つ詩というのは、街に似ているかもしれません。街に置かれる文字の姿や読まれ方を想像し、文字の積み重ねる方法まで細やかに周到に計画されていることは、本作品の強度となっています。詩人との協働はいつも非常にスリリングであり、非常に楽しい作業です。

小田急・JRの両駅を結ぶ連絡通路から見える巨大文字は、通勤・通学の日常的な風景に異質な存在として現れていたようです。たくさんの人が足をとめ、文字を眺め、スマホで撮影していました。立ち止まった人同士が、質問し合うということも見かけました。中には、決まった時間に見に来られる近隣の住人もおられました。

街と同じスケールのこの詩は、その断面しか見えてきません。そのため、1日ごとに現れる一つの文字はいろんな人の頭の中に「?」が生まれたようです。
この断片性が、本作品の特徴と言えます。
全体像を見ること、「解」を求めることが簡単にできないのも、この詩の特性なのです。
それは、街が大きくてすべてを一望することができないのと同様です。
日々のくらしが営まれるこのまちで、
巨大な文字が置かれている風景に出会うこと、
毎日、巨大文字が形をかえていることに気づくこと、
1日1日の、文字の連なりから意味を見出そうとすること、
そういったことが、通行者にとってささやかな明日への楽しみになっていたら、
そうだったらいいなと思います。

今回のテキストでは、主催、企画、作家、詩人、鑑賞者の姿を紹介させていただきました。関係者との協働の中で作品が生まれていったこと感謝いたします。
同様に、私が紹介できていない、たくさんの方々がこのプロジェクトを支えてくださっていることと想像します。その方々にも今回の受賞が届きますように。

「おそいおそいおそい詩」。道後オンセナート2022での展示風景。
「おそいおそいおそい詩」。道後オンセナート2022での展示風景。
「おそいおそいおそい詩」。TOKYO ART FLOW 00での展示。
「おそいおそいおそい詩」。TOKYO ART FLOW 00での展示。
開発初期に海老名のエリアで実施したアートイベント「光のクローバー」のインスタレーション風景。2016年。
開発初期に海老名のエリアで実施したアートイベント「光のクローバー」のインスタレーション風景。2016年。

Question01

受賞作品の最後のピース(ジグソーパズルを仕上げるに例えて)はどこでしたか?

「アートでまちの人へやさしさを届けたい」というプラン初期のメッセージです。コロナ禍の影響で一度中止になったプロジェクトですが、改めて実施となった段階でもコンセプトを変更せずに進めたのは初期のメッセージがあったからだと考えます。制作プロセスにおいては、具体的に直面する課題解決に追われて忘れがちですが最後に戻れるメッセージがあることは重要だと考えます。

Question02

空間デザインの仕事の中で、一番好きな事は?
空間デザインの仕事の中で、一番嫌な事は?

一番好きなことも、嫌なことも、人とのコミュニケーションの中にあります。
デザインに限らないことですが、私の仕事は様々人と関わりをもちながら行っています。
一つの仕事に関わるときに私は完成するものの企画・プラン・設計・監修などの立場で関わることが多いのですが、一緒に仕事をしている人と創造性のあるプロセスや結果が目指せるときは非常に楽しいです。
それとは逆に、一緒に仕事をしている人と何も共有できず、作業を進めなければいけないときはとても残念な気持ちになります。
できれば、楽しい時間が多い方がいいなと思います。

Question03

コロナ禍でのデザインの果たすべき役割とは?

コロナ禍の前後の全ての変化について言及できませんが、緊急事態宣言が発報された中で、外出自粛で自宅に滞在する時間が長くなったのは大きな変化を作った一つだと思います。外出することが極端に減り、公共空間と距離ができてしまったような気がします。不特定多数の人と共有する場(=公共空間)での過ごす時間がなくなり、街に出ることの慣れた感覚や愛着が薄くなってしまった感覚は私自身にもあります。公共空間をどのように作るのか、そこでどのように過ごすのかなどを考えていく中で、デザインが担えることはあるのではないかと思います。

Question04

リアルとバーチャルを融合させる空間デザインとは?

リアルとバーチャルの隣には、リアリティ(現実感)があると思います。
バーチャルのうしろにはリアリティがついていましたよね。
そう、リアリティの感じ方の問題なのです。
身の回りのツールやメディアに応じて、人のリアリティの感覚は常に変わり続けるように思います。「ツールやメディアのあり方=リアリティのあり方」を思考し形作るのがデザインの力だと思います。環境にアクセスして現実感を生み出す術(すべ)として空間デザインがありえるのかなあと夢想します。

Question05

空間デザインで社会に伝えたいコトは?

社会というのは、人と人のコミュニケーションの積み重ねだと思います。
作品制作やデザイン行為は一つのコミュニケーションの手段です。
私たちが作った作品やデザインを見た人、体験した人が、温かい気持ちや優しい気持ちになってほしいです。そして、自分達が住む場所・過ごす場所について、悪くないな、捨てたもんじゃないなと思ってくれると嬉しいです。

Question06

空間デザインの多様性について一言

今回の受賞作品は美術家と詩人による作品であり、「空間デザイン」を意識して制作していません。にもかかわらず、賞を拝受したという結果は、ジャンルや形式に捉われない評価軸があるからだと受け取っています。空間を作る様々なクリエイションを幅広い評価軸を持って批評できる柔軟な思考があるしくみ自体が、若いデザイナーにワクワク感を作り、デザインやクリエイションへの可能性や広がりを見せるのだろうと思います。

Question07

空間デザイナーを目指す人へのメッセージ

「年間日本の空間デザイン2023」の審査ドキュメントにあった遠山さんの言葉
をお借りします。「アイデアと実行力とみんなとのコミュニケーションによって、一流デザイナーじゃなくても、大金持ちじゃなくても、誰にでも実現しうるという可能性」若き才能をこの素敵な可能性にかけてみて欲しい。新しい価値軸に出会えることを楽しみにしています。

PROFILE

髙橋 匡太

髙橋 匡太

株式会社髙橋匡太

美術家

1970年京都生まれ。京都在住。
1995年京都市立芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。
光や映像によるパブリックプロジェクション、インスタレーション、パフォーマンス公演など幅広く国内外で活動を行っている。京都市京セラ美術館、東京駅100周年記念ライトアップ、十和田市現代美術館など建築物へのライティングプロジェクトを多数てがける。多くの人とともに作る「夢のたね」、「ひかりの実」、「ひかりの花畑」など大規模な参加型アートプロジェクトも数多く行う。
 
1995年キリンコンテンポラリーアワード'95最優秀作品賞、五島記念文化賞美術新人賞、DSA日本空間デザイン賞2015優秀賞、2017年照明デザイン賞2018審査員特別賞、第28回AACA賞優秀賞/30周年記念美術工芸賞、第30回日本建築美術工芸協会賞AACA賞、第34回京都美術文化賞などを受賞。