伊豆市津波避難複合施設 テラッセ オレンジ トイ
『防災』と『観光』を重ね、松原に開くゲートが土肥の新たな風景へ自然に静かに確かに溶け込む
今井 公太郎東京大学生産技術研究所
応募作品を空間デザイン的視点で語りつくしてください
「防災」と「観光」を重ねるという発想は、機能を並列的に配置することではなく、地域に流れる時間の中に「避難」という行為そのものを編み込む試みである。南海トラフ巨大地震による津波被害が想定され、全国で初めて津波災害特別警戒区域(オレンジゾーン)に指定された土肥は、人口減少や観光の停滞により地域経済が弱まりつつある地域でもある。そのような状況において、日常的に人を引き寄せ、滞在を生む新たな風景を立ち上げることは、防災と同様に切実な課題であった。災害時のみ立ち上がる特別な装置ではなく、平時にこそ使われ、賑わいを生み出す空間として成立させることが、結果として地域の持続性と防災力の双方を高めると考えたことが、本計画の出発点である。
本計画では、土肥の街と海、そして松原の境界に「ゲート」を立ち上げ、街から海へ、日常から非常時へと連続する動線を構成した。避難施設を“近づきがたい装置”として隔離するのではなく、誰もが自然に通り、上り、滞在する場所へと転換することで、観光の動線と避難の動線を重ね合わせている。展望デッキや回遊性のある階段、松原と海を望む居場所など、観光施設として魅力的な空間を建物の至る所に配置し、訪れること自体が目的となる体験を丁寧に組み込んだ。
設計において重要であったのは、防災と観光を二項対立として捉えるのではなく、同一の空間が状況に応じて役割を切り替える「マルチモーダル」な視点で構成することであった。幅広の階段は、非常時には大量の人を安全かつ迅速に上階へ導く避難経路として機能する一方、日常においては展望台へと人を誘う回遊動線であり、さらに段状の形態を生かして腰掛け、滞在し、松原や海を眺める座席としても機能する。避難のためだけに最適化された空間ではなく、使われ続けることで意味を獲得する空間とすることが、防災と観光を重ねる上で不可欠であった。
同様に、最上階に配置したレストランも、観光施設としての魅力を担うだけでなく、避難時には屋内の安全な滞在空間として機能することを前提に計画している。厨房設備は非常時においても有効なインフラとなり得るものであり、食を介した支援や滞留の受け皿としての可能性を内包している点も、この建築が持つ多層的な役割の一つである。一方、地域物産市を含む一階部分は、地域経済にとって重要な賑わいの場であると同時に、津波被災時には損傷を受ける可能性の高い領域でもある。本計画ではそのリスクを過度に排除するのではなく、あらかじめ受け入れた上で、被災時には建物上部へ即座に垂直避難できる構成とした。日常の経済活動を優先しつつ、非常時には人命を最優先に守るという判断を、空間構成そのものに織り込んでいる。
計画にあたっては、避難に必要な高さ・収容人数・視認性といった厳格な条件を満たしながら、松原の環境を極力損なわない配置と形を探ることが大きな課題であった。敷地内の樹木は一本ごとに位置と傾き、成長の方向を読み取り、それに応答するかたちで建物の輪郭や柱割を微調整した。切らずに残すための“余白”を空間として組み込み、建築と松原が対立するのではなく、互いに風景を補完し合う関係を構築している。構造においては冗長性を重視し、津波外力に対しても細い部材を束ねて抵抗させることで、圧迫感を抑えつつ必要な強度を確保した。
設計の過程では、行政、防災担当者、観光事業者、地域の人々との対話に何度も立ち返り、「強すぎる構え」によって風景を壊してしまわないこと、しかし「弱い表現」によって安心を損なわないこと、その微妙な均衡に最後まで悩み続けた。現地に立ち、松原を抜ける風の流れや人々の視線が自然に集まる方向を体感する中で、大きなアルミパネルの軒下に生まれる陰影や、そこに映り込む海や夕陽の反射が、この建築を風景へと接続する重要な要素であることに気づいた。それらの現象を受け止める器として束ねられた柱による空間構成を与えることで、建築は主張し過ぎることなく、時間や光とともに表情を変える存在となることを意図している。
その結果、本計画は、避難のための高度な性能を内包しながらも、土肥に開くゲートとして静かに溶け込み、観光による賑わいと地域経済の循環、そして非常時の確実な避難を同時に支える、新たな松原の風景を立ち上げることを目指したものである。
テラッセ オレンジ トイ Webサイト
https://t-orangetoi.com/
Question01
空間デザインの仕事の中で、一番好きなコト、ワクワクするコトは?
考えていただけのものが、本当にできあがること。図面上では抽象的だった構想が、現場で人の身体や行為と結びつき、具体的な空間体験として立ち上がる瞬間に最もワクワクする。人がどう歩き、立ち止まり、振り返るかによって空間の意味が更新されていく。その変化を想像しながら設計すること自体が、この仕事の最大の魅力だと感じている。
Question02
空間デザインの仕事の中で、一番苦労するコトは?
異なる価値観や要請を一つの空間としてまとめ上げることである。安全性、経済性、制度、景観、感情といった要素はしばしば衝突する。それらを単に妥協させるのではなく、空間として新しい関係性に組み替えるには時間と粘り強い対話が必要であり、そこに最も労力を要する。
Question03
クライアントとのやり取りで印象的に残っている言葉や出来事はありますか?
計画の初期段階で、「木は一本も切るな」という意見と、「木はすべて切って構わない」という正反対の言葉を住民の方々から同時に受け取ったことが強く印象に残っている。防災と観光、自然と人工という相反する価値観の間で、どこに均衡点を見出すのか、その調停を設計者として一手に引き受けることは大きな重荷であった。しかし、その緊張関係こそが、この空間のかたちと態度を鍛える原動力になったと感じている。
Question04
空間デザインで社会に伝えたいコトは?
空間は問題を“解決する装置”であると同時に、行為や意識を“育てる環境”でもあるということだ。防災や公共性のような重いテーマであっても、日常の楽しさや風景と結びつけることで、人々の関わり方は大きく変わる。空間の力はそこにあると伝えたい。
Question05
空間デザインの多様性について一言
空間デザインの多様性とは、形やスタイルの違いではなく、社会や人との関係の結び方の多様性だと考えている。地域、時間、使われ方によって最適な答えは異なる。その差異を前提にし、単一の正解を求めない姿勢こそが、空間を豊かにする。
Question06
空間デザイナーを目指す人々へのメッセージ
空間はつくった瞬間に完成するのではなく、使われ続ける中で意味を獲得していく。だからこそ、図面だけで完結せず、現場に立ち、人の動きや声に耳を傾けてほしい。迷い、考え続けるプロセスそのものが、必ず空間に反映されると信じている。
PROFILE

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今井 公太郎
東京大学生産技術研究所
人間社会系部門/価値創造デザイン推進基盤
1967年 兵庫県生まれ。
1990年 京都大学工学部建築学科 卒業。1992年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 修了。
1994年 東京大学助手。教育・研究施設について、東京大学キャンパス計画室で設計活動後、2001年一級建築士事務所Cubic Station設立。
2007年東京大学生産技術研究所 講師。
2010年博士(工学)取得、同准教授。
2013年同教授。
作品
ダブル・スクエア (2003)
東京大学生産技術研究所 アニヴァーサリーホール (2013)
東京大学生産技術研究所 千葉実験所 研究実験棟(2017)
3Dプリントによる仕口を用いたセルフビルド実験住宅PENTA(2018〜)
目白台インターナショナル・ビレッジ(2019)
伊豆津波避難複合施設テラッセオレンジトイ(2024)など





































